- 2020-08-26 (水) 13:33
- お知らせ
オカーサンの戦中日記を発売した桑原さん。オトーサンについても連載しております。
江藤淳氏は『成熟と喪失』で、小説に描かれた近代日本のオトーサンとオカーサンについて分析をおこなっております。
現在、オトーサン、オカーサンが不仲になると、離婚するのが当たり前になり、どちらかの親が親権を得て母子や父子家庭になるか、新しい伴侶を探し結婚する何れかの道を歩み始めます。「子は鎹」は死語に近くなりました。
1984年、ポール・ダノ監督作品『ワイルド・ライフ』に、オトーサンとオカーサンの不仲からオカーサンの不倫へと発展し、最後の写真館での家族を記念写真に残すシーンまでの、「子は鎹」にならなかった14歳の少年の目から描いた家族の物語です。この後のアメリカを含め世界の家族像はどのような変化をするのでしょうか。
私も『映画芸術』の中で、配管工のオトーサンを笑う後ろの席の若者に、「父を侮辱する者は、僕が許さない」と席を立つ子供を描いた米国映画を取り上げ、アメリカ社会は変わりつつあるのではないかと書き記した記憶があります。
親権を争うアカデミー受賞作品『クレイマー・クレイマー』は1979年の作品だが、先進国の少子化は進んでいると言うべきで、母子家庭が貧困層へ落ちいる現状を見ると、子は国家的な保護が必要ではないかと思えるし、父子家庭が経済的な問題を抱えていないかと言うとそうとも言えない。
自然界の動物家族を見習う訳にもいかないし、人間の子供も成長するにつれ、親と距離を置くようになり、思春期になると子供は自立へと向かいます。古い巣に住み続け、電気掃除機で古巣を掃除し、巣のふちに座り夕日を眺めている老コウノトリを見たことはありませんか。
自動車産業の様な裾野が広い産業が興れば、経済的に余裕が生まれ、問題が解決しなくともしのぐ事は出来ますし、資本主義社会も少しは明るいのですが、世界を見回しても、そのような産業が興っている様には見えません・・・中世に戻るのですか先進国は?マスクを付けて・・・・。
詳細は桑原氏ホームへ。
リーディング公演『鬼ものがたり』
公演日 8月28日~30日
会場 新宿・雑遊
鬼は私も漫画作品『巨大な魚』やアート・アニメ作品『鬼恋歌』などに登場します。
また、天邪鬼と言う小鬼も居ります。
私も短編小説で、鬼の家族を描いたことがあります。飢饉で食べ物が無くなり、村の市で買ってきた人間の娘も食べてしまい、とうとう子供達を食べる相談を親達がします。
この相談を聞いていた子供の鬼が、食べられては敵わないと親の寝ている内に逃げ出し、都で大金持ちになる話です。
この小説に川遊びをする小鬼の挿絵を付けましたが、可愛いと女性編集者に褒められました。
どこか鬼は人間臭く、創作意欲が湧いてきます。
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