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『1968年 激動の時代の芸術』in 千葉市美術館-2

色々な芸術運動が展示されておりますが、私が当時、見聞きしたアートに絞り、お話を進めさせて頂きます。

ヒットラーや世の為政者が大衆操作に重要と考えていたのが「映画」なのですが、60年代になると「テレビ」が新しいメディアとして力を持ち始めます。 佐藤栄作さんなど記者会見の席上、活字メディアの記者をフェイクと言い退席させ、後ろに在るテレビカメラに向かって所信表明を述べました。

現在も似ております。

漫画主義-1

漫画なども大衆の興味を引く表現物です。活字本は読まないが漫画本は読むと答える人は今も多いのではないでしょうか。うーん、今はスマホで読むかな。
三島さんの文章の中に近未来の小説について語ったものがあり、当時、読んでいて悲観的な文章に驚いた事がありますし、また私も、出版社の人から「小説は駄目でしょうか?」などと質問された経験があります。出版社のオーナーであれば、どちらも本には変わりは無く、出版の新しいジャンルと捉えることが出来るのですが、小説などの言語に携わっていた出版人にはテリトリーが侵される危機感があったのでせう。漫画が小説に取って代わると思われていた時代でした。

ここで登場するのが「××評論家」と言われる人達です。混乱して頭を抱える人に、その運動やメディアを分類し、名前を付けて標本箱に納める仕事をする人達で、鳥瞰的に捉えれば、不安感は減る事はあっても増すことは無いでしょう。

『漫画主義』なる評論誌が登場します。時代をえた雑誌で、さすが石子美術評論家に高野さん達です。これが本格的な漫画評論の評論家と雑誌の誕生ではないでしょうか。

キャチコピーが秀逸です。「戦後20年 泣かずに来たが、漫画にうずめたこの願い 主義を背負って 今 泣いた」上手いでしょう。誰が考えたのですかね。このコピーの「漫画にうずめたこの願い」の一文を、今も貸本漫画研究の高野さんや他の評論家達は続けております。

また前回で載せた高松次郎さんの漫画論文作品なども、上記の評論家と歩む道は同じで、拙著『Ph4.5 グッピーは死なない』『夢枕』や60年代から80年代に渡る漫画作品も同じだと考えます。

このポスターが大判で立派です。しかし当時の新しい演劇スタイルの『天井桟敷』に『唐組』なども、私も描きましたが贅沢なポスターを作っています。ねぇー、ポスター・ハリス・カンパニーの笹目さん。

私-2

私も、演劇ポスター『怨霊血染めの十字架』劇団発見の会と漫画作品を出品しております。この演劇ポスターも、シルクスクリーンで仕上がっておりますが、刷り師の方が怖い方でした。印刷原稿の作り方などを教えて頂きました。色が褪せておりません。流石です。
『ガロ』の表紙を集めて展示しても面白かったと思います。

裸-3

パフォーマンスも当時、流行ったものです。絵画とパフォーマンスは、江戸時代に北斎が浅草寺境内でやっておりますし、露天商が何を売っていたのか記憶にありませんが、龍などを平筆でスラスラ描くのを感心して見ていたのを記憶しておりますから、アクション・ペインティングは日本の伝統芸です。

原平さん達のハイレッドセンターなども、パフォーマンスを街中で繰り広げております。舞踏家の巨匠、土方巽さんも野外で舞踏を展開しておりますし、全裸で踊っております。

舞踏家が裸で踊るのは、何か衣装をまとうとイメージや意味が付き、純粋な舞踏から解釈がズレてゆくからです。舞踏『ボレロ』で名高いモーリス・ベジャールさんも、ダンサーの衣装について厳格な認識をしておりますし、私も70年代に田中民さんの舞台と衣装を担当した折、同じような問題で迷った経験があります。

『万博粉砕共闘派』のパホーマンスです。男のお尻は顔から想像が付かない可愛いさがあります。

裸-4

また『もの派』の言葉を借りれば、チリや埃を洗い物そのものにすれば、見えなかったモノが見えてくるから、人間も衣服を脱げば本来の人間が現れるは当然であり、『万博粉砕共闘派』のパフォーマンスはこの後、欧米社会では『性解放』へと向かうのだが・・・・。

日本も性解放へと向かい『わいせつ物』が粉砕され無くなるかと思われたのだが・・・、その後の日活ロマンポルノ、それに私の『夜にほほよせ』などの映倫審査を体験した者としては、性解放は無かったと考えるのが妥当であり、若松プロデューサーによる大島渚監督の『愛のコリーダ―』もしかりである。

万博-5

『日本万国博』のデザインは福田繁雄さんです。

当時の性解放の欧米をエッセイに残したのは横尾忠則さんであるが、私もポルノ解禁のフランスを訪れる機会があった。

ドゴール空港内の書店が無修正ポルノ一色に染まっているのを見て、驚きと共に性解放など無い国の男性観光客が群がっている光景に可笑しみも感じた。また、空港内の大きな壁面に、横長の大きな広告ポスターが貼られてあり、記憶が曖昧だが、黒人青年が全裸で毛皮の敷物の上に横たわる写真で、その前を若い女性がカートにトランクなどを乗せ、そのトランクの上に女の子を座らせ、カートを押す母親の後ろから低学年の男の子が付いて行くのが目に留まった。この風景を写真に取ればピュリッツァー賞が貰えるかもしれないと思ったのを覚えている。

あー、欧米は性解放したのだと、強く感じた。時代が変わった実感は、前の時代も体験してないと判らない。性解放時のドゴール空港の風景を、今のフランスの青年達は知らない。むしろ性解放やフリー・セックスといった言葉から想像というか妄想を膨らませた発言が目に付くし、性解放と女性解放は当時、同列にあり、重なる部分があったのだが、語るのが男性だから、女性解放がすっぽり抜けている。

無修正ポルノ映画『私は好奇心の強い女』を作った国だから、スエーデン人は皆、乱交しているだの、スエーデン女性は性に理解があるから、頼めばすぐホテルへ行く事が出来るとか・・・・。

しかし上記の舞踏など、歩行者天国で裸で踊れば捕まるし、私が映画『書を捨てよ街へ出よう』でデザインした男性器のサウンド・バックなども、公然わいせつ罪で劇団員は捕まってしまう。こうなると出版も自主規制に走り、私が描いた『里見八犬伝』も、獣姦場面を描いた訳でも無いのに犬と交わるのは駄目だとなる。

規制だらけで自由が感じられない息苦しい社会となってしまうのだし、性解放になっても他の流行と同じく、数年もすれば現在の肉食女子と同じで忘れさられてしまうのだから、性解放だから無秩序な性交渉が行われ社会が乱れると思うのは短絡的な考えで、今から思えば皆が忘れずに性解放に励めば、少子化にならなかったかもしれないと言う事も出来るのだ。

鈴木慶則さんの『風景の交響楽』です。収蔵先の静岡県立美術館の解説によると、ジョルジオ・デ・キリコが描いた絵画のモチーフが写され、もう半分にキャンヴァスの裏側が描かれている。いわゆる名画の原物の鑑賞価値は剥ぎ取られ、とり残された図像のイメージが、キャンヴァスの裏地と同等に、作品の一部を構成する素材として扱われている。とある。

鑑賞価値はと穏便だが、最近、一億円で落札された自らの絵を、シュレッダーのように裁断してしまうアーティストの表現行為に近い解説だ。キリコの模写が半端ない。キリコより上手いかもしれない。

キリコ-7

鈴木さんとは、石子さんと一緒にお会いした事があります。
確かその時の紹介が「我が国のダリの模写では第一人者」と聞いた記憶が残っておりますが、その後、私の記憶に間違いが無ければ、宮本三郎さんの戦争画『山下、パーシバル両司令官会見図』を、画廊の天井には上から見た絵を、床には下から見た絵を、左右の壁には其々、左右から見た絵を描いた個展を開いたと聞いております。

ダリの模写が出来るのだから精緻な写実はお手の物だと思うが、山下司令官の靴底の減り方の研究など、山下司令官について書かれた書物を読み込み、リアルな立体再現を頭脳でおこなう鈴木さんに舌を巻いた記憶がある。

『山下、パーシバル両司令官会見図』を元に展開したこの作品展は、確認が出来ないと正木さんから連絡が入りました。鈴木さんが『山下、パーシバル両司令官会見図』からえた次回作の構想として評論家に語ったのが流布したとも思えます。

グリコ-8

グリコの看板絵を模した、秋山祐徳太子さんのパフォーマンスです。この格好で都議選へ立候補したのですから、可笑しい。

本人の話によると、都議選中、選挙カーを走らせていると、同じく都議選へ立候補している右翼の著名人、赤尾敏さんと、銀座の真ん中で出会ってしまい、赤尾さんから「秋山候補、ご苦労様です。どうですか、骨休めに珈琲などをご一緒しませんか?」と声をかけられてしまい、グリコの格好で都議選立候補者、秋山祐徳太子と書いたタスキを肩からかけ、銀座の喫茶店へ入り、右翼の著名人、赤尾敏さんと共にお茶、したそうです。

娑婆留闘社-9

『娑婆留闘社』発行の獄中犯罪者との交流絵葉書です。
松田さんが言い出して、原平さんと私が葉書の絵を担当しました。この絵に描かれている拳銃は、当時、連続射殺魔と恐れられた永山則夫が実際に使った手製銃です。
この絵を見た永山は「この絵を描いたのは誰だ。何で使った拳銃を知っているのだ」と不思議がったと聞きました。

何故、描けたか。こう素直に驚かれると、画家、冥利に尽きます。ふふふふ永山君、表現は網に残り美味しく焼けた餅。犯罪は網から落ちて火の中で真っ黒になった餅と、文豪、三島由紀夫は言っております。監獄より娑婆の方がずっと怖いのだよ。

隣の手ピストルの絵は、原平さんが私の漫画のペン画を真似して描いたのではありませんか。私のサインと母印が手の下に在りますが、私が書いた記憶がありません。

無知-10

連続射殺魔、永山則夫が、獄中で古今東西の名著を読み、書いた『無知の涙』です。文芸評論家の柄谷行人さんが、この本を高く評価しております。

フランスなどでは『泥棒日記』を書いた同性愛者作家『ジャンジュネ』が居りますが、永山則夫は日本版『ジャンジュネ』になるのかと見守るうちに、刑は執行されました。

装丁は赤瀬川原平さんです。

法廷-11

これは、赤瀬川原平さんの『千円札裁判』の法廷写真です。舞台の様で面白いです。裸にトイレットペーパーを巻いたオブジェ作品が在りますが、それが裁判中、法廷内を動き回ったそうで裁判長から「動かないように」と注意を受けたそうです。傍聴していた人達は、思わず笑いそうになったと、裁判を見続けた高野さんは語っておりました。

原平さんが0円札を描いて偽札製造犯人として裁判にかけられました。犯罪か芸術か、現在も過激な路上アーティストなどは、境界線上の表現を確信犯のように狙って制作活動をしております。

『0円札』は今後、外国で色々な表現として展開すれば、原平さんは、欧米芸術家を追い抜き、トップに立つ可能性がありますね。その予兆の様な事がもう、外国で起こっているのではないでしょうか。

千円札裁判の被告人弁護をかって出た滝口修造さんから、ピカソから貰ったオリーブの実を頂いたことがあります。実からオリーブの木を育ててみても良かったと思っております。

「掲載の1968年展会場写真は、千葉市美術館の許可を得て撮影・掲載したものです」

美術館のホームです。サイケのディスコ再現は終わったようですが、観に行かれてはどうでしょうか。

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