- 2026-02-23 (月) 10:13
- お知らせ
クライナのアニメ作家や映画祭関係者たちから、助けを求める声が届いております。
ASIFA 本部では、ウクライナの人々、特にウクライナのアニメーション関係者と心を一つにするべく、公式サイト
asifa.netに 2つの請願書を掲載しました。 アニメ、映像関係者で無くとも、請願書にサイン出来ます。
オタワ映画祭のディレクター、クリス・ロビンソン氏による請願書です。
https://asifa.net/international-animation-community-stands-with-ukraine/
このページ冒頭の、「SIGN THE PETITION」をクリックすると、以下の請願書サイトが開き、署名することができます。
ウクライナのアニメ協会の請願書ページです。
ウクライナを応援したい高校生もサイン出来ます。
ウクライナの平和の為、映画祭が2022年、ロスアンゼルスで開かれました。
ウクライナのための平和 – この戦争は悲劇です。この戦争は犯罪だ。この悲劇とこの犯罪は止まるでしょう。 (peaceforukraine.org)
International Animated Film Festival KROK – ホーム | Facebook
ロサンゼルスの MiMoDa Studioにて、2022年、8月26日、27日、28日の3日間上映されました。
各国で開かれる予定です。
えー、マグネチュード8クラスの地震ですか、関東平野も巻き込まれるのですか?
アメリカさんは艦隊をイランに集めていますね。また、電光石火の戦いを挑みますか?
核問題は持っている国が放棄しない限り終わりは見えません。いっせーのせで手放さない限りはね。
キューブリック監督の作品『博士の異常な愛情』のラストの様に、地球上にきのこ雲が 咲き誇りますよ。まー人類は滅んでも良い生きものですか・・・・。
80年代のアヌシー国際アニメ映画祭の出品作品も、ムラカミ監督の『風が吹くとき』をはじめ、核戦争の怖さをテーマにした作品が並びました。
私も原爆で石畳に影が焼き付いた方を想像した『かげ』を制作しました。
原爆を落としたアメリカは戦後、広島や長崎に調査に入っています。
この時も『かげ』を調べておりますね。窓際に座っていたサラリーマンは被爆し、柱の陰になった処に座っていたサラリーマンは被爆を免れていたりと、アメリカの調査団を追ったドキュメンタリーは中々のもので、農道に立っていた電信柱の影が道に何本も電柱の影を焼き付けた映像は、画家キリコさんが描く絵画の様に見えました。
原爆投下後から居なくなった娘さんが、建物の裏庭に面した壁に薄っすらと影が残り、ご両親が娘は洗濯物を干しに裏庭に回って亡くなっていたのだと知り、新たなる涙を流すご両親の姿が記憶に残っております。
まだ戦争を続ける人類が残念に思えます。とは言え、冷戦時代の社会主義国が赤い資本主義国になり、資本主義国と対峙しているのですから、冷戦時代が続いていると言っても過言ではなく、ずーと冷戦時代が続いていると言っても良いでしょう。
変わったのは赤い資本主義国家の中国さんが経済大国2位に浮上した事ぐらいでせう。
チベット仏教のラマ14世さんが、グラミー賞を受賞し話題を集めております。争いの無い平和な地球を目指す事は出来るのでしょうか?
そろそろ暖かくなって来ました。
年を取ると寒さが身に沁みます。炬燵から出られなくなって猫になってしまいます。
炬燵は古くから在り、世界中にも似たような暖房機器が有るそうです。
私は子供の頃、漫画雑誌を取っておりましたが、その読者コーナーに分校を描いた漫画が載っておりました。
手塚さんの『鉄腕アトム』や河島さんの『ビリーパック』などを読んでおりましたが、この分校を描いた四コマ漫画も読んでおりました。
この様な学校が日本に在るのだと、憧れも混じった思いで読んでおりましたが、妹をおぶって学校へ来るシーンは思い出せるのに、冬の分校のエピソードが記憶に無く残念に思っております。ストーブを焚いていたのでせうね。
久しぶりの雨ですね。水瓶も潤いますか。
サバンナの渇水期のドキュメントを見ましたが、水が無いと動植物は大変ですね。
ドキュメントを若い頃から見ておりますが、カバとかワニの一生を追ったドキュメントを見た事がありません。
カバやワニと言ったら水辺に棲んでおりますが、子供のカバやワニが親から泳ぎ方などを教えてもらっているドキュメントを見た事がありません。まだまだどのような暮らしをしているのか判らない動物です。
子供のカバが親の後を歩いている映像や、親カバの背中に乗って川を渡っている処を見てみたいものです。
死んだふりをして、近づく小魚を食べる魚が居るのですね。海底で死んだふりの姿が見事です。しかし、えらを動かしては小魚に気づかれてしまうそうです。
60年代に海底基地に閉じ込められた兵士の映画があり、人間の進化の途中で魚になれたのだから、えら呼吸を学べば海上に出られると、熱く語る指揮官が登場しました。隊員が「マジか?」と指揮官を見つめる表情がおかしかった思い出が在ります。
確かに60年代だと酸素ボンベのトラブルが多かった事は事実で、私が参加した番組で試写室でボンベの事故で亡くなる潜水夫を映した業務用カメラの映像を一日中見せられ、この映像を使いたいが、このままだとお茶の間へ流すにはリアルすぎるので、画像を加工してくれと依頼されました。
事故に遭った潜水夫は2,3度、エビの様に体を反らすと動かなくなり、見ていた私は意外と人間は簡単に死に至るのだなと、映像を見て思いました。
波打ち際から進化の途中の魚になった人間が、前びれで海から白砂へ出て、奥に広がるヤシの木や熱帯植物の群生を見て「ワォー」と喜ぶ作品があり、映画祭の観客が爆笑したショートフィルムも有りました。
海は懐かしいような未知の怖さを秘めた処でもあります。クストー博士とルイ・マル監督が描いた海の中、『沈黙の世界』は優れた作品です。
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