- 2025-06-22 (日) 10:40
- お知らせ
ウクライナのアニメ作家や映画祭関係者たちから、助けを求める声が届いております。
ASIFA 本部では、ウクライナの人々、特にウクライナのアニメーション関係者と心を一つにするべく、公式サイト
asifa.netに 2つの請願書を掲載しました。 アニメ、映像関係者で無くとも、請願書にサイン出来ます。
オタワ映画祭のディレクター、クリス・ロビンソン氏による請請願書です。
https://asifa.net/international-animation-community-stands-with-ukraine/
このページ冒頭の、「SIGN THE PETITION」をクリックすると、以下の請願書サイトが開き、署名することができます。
ウクライナのアニメ協会の請願書ページです。
ウクライナを応援したい高校生もサイン出来ます。
ウクライナの平和の為、映画祭が2022年、ロスアンゼルスで開かれました。
ウクライナのための平和 – この戦争は悲劇です。この戦争は犯罪だ。この悲劇とこの犯罪は止まるでしょう。 (peaceforukraine.org)
International Animated Film Festival KROK – ホーム | Facebook
ロサンゼルスの MiMoDa Studioにて、2022年、8月26日、27日、28日の3日間上映されました。
各国で開かれる予定です。
ロシアのアニメーターがウクライナの平和を呼びかける(2月24日開始) – ASIFAロシアのアニメーターも、ウクライナ侵攻に反対しております。
イスラエルがイランにミサイル攻撃をはじめ、イランも負けじと反撃していますが、これ、戦争ですよね。
すっかりウクライナ紛争が飛んでしまいましたね。
アメリカは『バンカーバスター』を地下80メートルのイランの核施設に落としましたね。
結果はどうなったのですか。破壊しましたかトランプさん。
破壊しなくとも、また精度の高い『バンカーバスター』で攻撃すれば良いのです。一回で戦争が終わったら兵器業界は上がったりです。核兵器とは違います。
プーチンさん、そろそろ老化脳になりますよ。今聞いた事をすぐ忘れる。若い人に席を譲りなさい。
100年後にはハメイネさんも亡くなっているし、シュワちゃんのアクション映画では人間の代わりにロボットが戦争しているが、誰もナノの進化した未来など予測できませんよ。
森鷗外「舞姫」とその時代

期間 6月28日(土)―9月6日(土)
会場 日本近代文学館
本展覧会では、第1部において「舞姫」という作品世界にしっかり向き合うために、現存する「舞姫」草稿の問題、発表当初からの作品享受のありよう、主人公太田豊太郎が生きた時間、彼が歩いたベルリンという空間、そして近年判明したエリスのモデルであるElise Wiegertのことなど様々な角度から光線を当てることを目指します。
https://www.bungakukan.or.jp/cat-exhibition/11971/
若い頃に買った山崎さんの『森鴎外・母の日記』を持っておりますが、まだ読んでおりません。
エリスさんが来日しますが、鴎外さんは逢いません。
エリスさんに合わないなんて失礼な事をすると以前、ブログに書いた事があります。
鴎外さんの小説『半日』に書かれている嫁姑の問題は日本特有の問題だと思い、それを解く鍵として山崎さんの母の日記を買ったのだと思います。
確かに外国の小説には嫁姑の諍いは出て来ません。ヘンリーミラーさんが恋人を連れて母に逢いに行く途中で、恋人が風評で聞いた母の評判を口にするところで、ヘンリーミラーさんがムッとする場面は有りますが、私の貧しい読書歴の中には嫁姑の争いは書かれていなかったと思います。
民俗学者の柳田邦男さんは嫁姑の問題を「しゃもじ権」と言う独創的な解決策を考えております。
今も長男夫婦と親世代が同じ家に住んでいる家庭は多くあるのではないですか。
『サザエさん』の夫『マスオさん』は入り婿ですが、妻の両親との共同生活でもあります。
私の若い頃に「家付き、カー付き、婆抜き」なる言葉が流行りましたが、西欧やアジアでは如何なのですかね?日本や世界の家族史などを研究している学者さんは居ないのですかね。
嫁姑以外にも、少子化や孤独死、経済の問題と色々有ります。どうなって行くのでしょうか・・・。
検索すると統計は見つかりませんが、二世代だと常に誰かが居るので安心や、孫の面倒を見てくれるや夫婦で仕事出来る等、60年代初頭のような核家族礼さんとはなっていない様です。
少子化、孤独死などがマスメディアに取り上げられた影響も大きいし、夫の家が商いをしていると人手が足りないや、人件費などの問題も有るので家族で利益を回す事は言わずもがなの経費削減に繋がっているのであろうと思います。
テレビ番組『小さな村の物語』を長く見ているが、これはドキュメントなのかと疑ってしまう内容に出会う事が度々あるが、絵にかいたような村人の暮らしが淡々と描かれている。
それでも80年代には映画『 パードレ 』で良かったかな、羊番をする二人の青年が、今は親に言われて羊番をしている若者など居ないと言う映画が現れた。
イタリアの青年達は皆、良い大学に入ろうと受験戦争に必死になっていると番小屋の建つ小高い山の草原で話し、腰を上げその草原の小屋を後にする若者だが、見ていた私はそうだろうなと小さくうなずいてみていた。
しかしこの『 小さな村 』にはその様な子供が居ない。以前も村の子供に『ローマ』や『ミラノ』や『ナポリ湾』など、見たいとも思わないかと問いかけると、この村が一番だと子供達は言うのだ。う、う、嘘を付け―と言いながらも見ている。
私はこの番組をイタリアの箱庭と呼んでいるが、それでもついまた、見てしまうのだ。
何だこの村は、日本の村には無い。嘘に決まっていると思いながら見続けているし、番組も続いていて長寿番組の一つです。
不思議なテレビ番組だ。
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