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江口寿史さんとの対談

ウクライナのアニメ作家や映画祭関係者たちから、助けを求める声が届いております。
ASIFA 本部では、ウクライナの人々、特にウクライナのアニメーション関係者と心を一つにするべく、公式サイト asifa.netに 2つの請願書を掲載しました。 アニメ、映像関係者で無くとも、請願書にサイン出来ます。 オタワ映画祭のディレクター、クリス・ロビンソン氏による請願書です。

https://asifa.net/international-animation-community-stands-with-ukraine/

このページ冒頭の、「SIGN THE PETITION」をクリックすると、以下の請願書サイトが開き、署名することができます。

ウクライナのアニメ協会の請願書ページです。

ウクライナを応援したい高校生もサイン出来ます。

ウクライナの平和の為、映画祭が2022年、ロスアンゼルスで開かれました。

ウクライナのための平和 – この戦争は悲劇です。この戦争は犯罪だ。この悲劇とこの犯罪は止まるでしょう。 (peaceforukraine.org)

International Animated Film Festival KROK – ホーム | Facebook

ロサンゼルスの MiMoDa Studioにて、2022年、8月26日、27日、28日の3日間上映されました。

各国で開かれる予定です。

京都の男子児童行方不明の事件、行方不明の男の子発見されました。親族の悲しみお察しします。ご冥福をお祈り致します。

東海林さだおさんがお亡くなりになりました。

東海林さんとは、70年初めに対談した記憶が有ります。対談の日、テレビ番組での撮影が入っておりまして撮影が終わらず、対談時刻を大幅に過ぎて対談場所へ駆けつけた記憶があります。

何故、大人漫画家の東海林さんと対談をしなければならないのか疑問が当時から有りましたが、司会の石子さんが亡くなっておりますから『ガロ』の編集氏だった高野さんにお聞きしようと思っております。

当時の漫画と言えば長谷川町子さん描く四コマ漫画の『サザエさん』と白土さんが描くストリー漫画のコマ絵がズラズラ並んだ作品が主でした。

そこへ東海林さんが描いた漫画作品は、週刊誌見開きで読むコマ様式の作品です。この辺の違いを評論家の方は判らなかった様にも思います。

漫画は漫画だと文字原稿を主にする評論家の方は判っていなかったのでは無いかと思います。東海林さんの漫画の特徴は、サザエさんの四コマのコマ絵で漫画を終わらすのでは無く、週刊誌見開き2ページのコマ絵で漫画を描いた功績だと思います。

これは大きな業績です。サザエさんの様な「起承転結」4コマの絵で終わるのではなく、2ページ見開きで終わらす作品を考えたのですから・・・・。

それから実は、東海林さんの奥様は私が子供時代に住んでいた家の隣に住んでいた女の子で、母が忙しく夕食を作れない時には、隣の彼女の家に行って彼女達と一緒に夕食を食べておりました。

また、彼女のお姉さんですか、今、私が住んでる家の近くに住んでいるそうです。

まぁー、幾つになっても中野に住んでいた子供時代から離れる事が出来ないなんて、私の人生も不思議な糸で結ばれている様です。

ご冥福をお祈り致します。

江口寿史さんとの対談に出かけて行きました。

江口さんとは10年前に対談したとは江口さんの言葉です。

江口さんと対談した事は憶えておりますが、何を話したかは思い出せません。

江口さんは苦笑しておりましたが、80を超えると脳の何処かが湯豆腐の様に柔らかくなり、記憶が鍋の汁に溶け出している様です。

これは私と同じような年代に成らないと判らない事で、同じような年代に成るとあーそうかと判る様になってくるでしょう。

それでも現在の江口さんがどの様な仕事をなされているのか画集を見せて頂き、江口流の美人画を拝見しました。

江口流の美人画が時代と共に洗練され、その都会的な姿は『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と言われた時代を経ても、健在であると思いました。

子供時代へ戻り、江口少年がどの様な少年であったかを聞き出し、絵を描く理由は判りませんでしたが、皆に知られない様にして過ごしていたと語っておりました。

その密やかに描かれていた女性画が、あれ程パッチリした透き通った目を描いていた事に驚き、それは夢二さんの潤んだ瞳で見る者を誘い込むような瞳とは違う時代を生きた江口さんの体感して来た時代への答えではないでしょうか。

対談後、『猫目』へ行き、素敵な着物と帯。変わらない美貌のママを拝見し、満足の一日でした。

何も食べずの対談と猫目での飲酒は、もう私の体はこのまま飲み続けて雑談をする体力が無く、早々に引き上げようと席を立ちました。

まぁー、深夜にタクシーを飛ばして自宅へ帰るなんぞは何十年ぶりでせうか。


4月19日、『林静一漫画術』トークショー 開催です。

13時30分開場、14時開演です。

場所:渋谷区勤労福祉会館 第4洋室です。

漫画雑誌『ガロ』を劇画ブームからアート漫画、佐々木マキさんに私、新人二人に編集者、高野さんも大変です。当時をどの様に振り返りますか。

『ガロ』の作家は漫画家として旅立つのでは無く、タレントととして旅立って行きましたね。私もテレビのクイズ番組への出演など、テレビでの仕事が多くなりましたし、内田春菊さんや南さんなどなど、渡辺さんなどは『ガロ』の編集長をしながらのタレント活動でした。

糸井さんはコピーライターで活躍しましたし、今も蛭子さんはテレビに出てます。まだ『アックス』は休刊になっておりませんから、これからも新人賞を取って、他のメディアで活躍する漫画家が産まれるかもしれません。

若い人は当時、劇画ブームが起こり、白土さんが描いていた『カムイ伝』が学生の間で唯物史観マンガとしてブームになっていた事を知りませんね。

東映動画に勤めていた私も、先輩が面白い漫画雑誌が有ると持って来たのが月刊漫画誌『ガロ』でした。

動画課で回し読みすると連載は白土さんの『カムイ伝』と水木しげるさんの短編漫画が載っており、動画課全員が定期購読者になりました。

私は『ガロ』を読みながら、何故この様な大人向け漫画が描かれる様になったのか考えてしまいました。

私がそれ迄読んでいた漫画雑誌は子供向けの雑誌で、手塚治虫さんに代表される画風の漫画作品でありました。

そこへ貸本漫画を描いていた作家達が乗りこんで来たのです。貸本漫画に描いていた漫画のコマを見ますと、そこに描かれている絵は子供漫画に描かれていた絵から見れば数段、写実度が上がった絵で、それが子供向けでは無い物語を描く事が出来るようになり、青年期から大人まで描くことが出来『劇画』と呼ばれる様になった訳です。

アニメで言えばディズニーさんのミッキーマウスから、ロシアの『雪の女王』やカンヌ映画賞を最初に受賞したポールさんの『鳥と王』です。

写実度が上がったコマ絵で描く漫画ですから、平田さんの時代物などは描写力が上がり、当時の父兄から子供にその様な漫画を読ませて良いのかとの声が上がったのも確かでした。

コマ絵の写実度がピークになったのは、80年前半の 大友克洋 さんが描いた作品ではないでしょうか。

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