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2010-09

『私の八月十五日展』北京にて開催③

午後からの観光が取り止めになりましたので、

北京飯店の隣にあります繁華街、王府井を

散策しました。

御覧のような人出で、さすが北京一の繁華街です。

七十年に参りました時も、王府井を散策しました。

この頃も大変な人出で、デパートで筆を買いましたが、

電卓を出して計算を致しますと、

その電卓を見ようと、大勢の人が集まり、

取り囲まれてしまい、それは恐ろしいほどの熱気でした。

北京飯店から二本裏手の小吃街を歩いてみました。

先ほど記念館の売り子さんと違い、

通る客に声をかけ、立ち止まると次から次へと商品を取り出し、その便利さを饒舌に語ります。

この道の狭さと商店の商品のディスプレーに、

懐かしいものを感じます。

子供の頃に母と歩いた日本の商店街、

現在も在る浅草の仲見世、

アメ横通りにも似ています。

このような飲食街は、ヨーロッパに近いですね。

近郊、或いは遠くから出てきたのでしょう、

家族連れ、カップルの客が目に付きます。

また、こんな食べ物も売っております。

サソリの串揚げですか、まだ動いておりました。

欧米の女性観光客がそれを見て、

信じられなーいと、キャーキャー騒いでおりました。

買っている人がおりませんから、

また、あちこちに同じ店がありますから、

客を驚かせ、引き付ける為のディスプレーなのでしょう。

夜になりまして、南京記念館主催の夕食会へと向かいました。

会場は、最近、建ったホテルです。

まぁー、見事に止まっている車が皆、ベンツでした。

中央ホールから上を見上げると、

最上階まで眺めることが出来ます。

これは何処かで見たなと思い出しますと、

ドバイの高層ホテルの吹き抜けですね。

日本を抜いて二位に躍り出た中国、

彼らの欲望は日本の比ではありません。

ラスベガスのショーにしても、

中国の雑技芸にしても、

日本人には一つ多く感じられます。

この多く感じる欲望があるのです。

会場はそれほどの贅は感じられません。

まぁ、日本の会場と比べても、狭い方です。

ここも、ボーイに灰皿を頼むと、持って来てくれます。

喫煙は出来ます。

それで挨拶に立った南京記念館館長が、

歌を唄いだしまして、それから日中、

歌合戦となってしまいました。

中国の方は、アカペラでも唄い出すほど、

歌が好きですね。

それから色紙、扇子があちこちのテーブルを飛び交い、

絵を描けと、いつものサインぜめにあいました。

漫画家、徐鵬飛さんを入れて、

今回の訪中団全員の記念写真です。

翌日、日本大使館での昼食会が、予定通り開かれることになり、

昨日、反日デモに揺れた大使館へと向かいました。

正門を警備する中国公安ですが、思ったほどの物々しさは無く、

ほっとしました。

何事も無く昼食会が始まり、大使が挨拶を述べると、

今、世界の注目を集めている在中日本大使ですから、

会場は水を打った静かさで、大使の言葉を聞き漏らさぬよう、

料理の手が止まりました。

昨日の反日デモについて公使が話されるのには、

当日、大使館前に集まった人の数は、

多い時で数十人位、歳のいった人が中心であったと話され、

そのデモの最中、大使館内には、

何時もの交流日で、来館する若い人たちが

漫画を読んでいたそうです。

しかしネットでは流言飛語が飛び交い、

大使館前に一万人が集まっているなどの書き込みが多く、

それらに正しい情報を書き込むのに追われたと、

話されました。

デモが暴走する前に中国政府が押さえ込んだかたちで、

政府の管理の下、デモは中国側のアッピールの始まりであったとは、

もう、皆さんもご存知の事だと思います。

よく考えられていると思います。

それに引き換え、日本での中国大使館への、

フジタ社員の即時解放を訴えるデモが無いのは

残念な事かもしれません。

集まるのは右翼の街宣車ばかりでは、

ちょっと迫力に欠けます。

今年、フランスのアングレームへ行きましたが、

この時も、デモをする人々と出会いました。

フランスでは、高校生もデモをします。ストもあります。

人々が声を上げないのは、日本位かもしれませんね。

あっ、忘れてました。大使館での喫煙事情は、

玄関を出たところに喫煙所がありました。

以前は入り口ホールの隅に有ったと記憶しておりますが、

とうとう玄関の外に追いやられてしまいました。残念。

日本、中国の交流の歴史は長いが、

戦後の両国は、国交が回復して日が浅いです。

これから、お互いを知る機会が何度も訪れると思いますから、

民間レベルで火を消さないことが大切だと思います。

『私の八月十五日展』北京にて開催②

前日の平和門北京ダック店での夕食会、

たいへん盛り上がりました。

元総理を始めに元中国大使、

元大手企業中国代表に前防衛政務次官やら

議員の方々が挨拶を述べると、

店側が記念写真を撮り始め、

私にも絵を描けと紙を渡す始末です。

そんな喧騒の一夜が明け、

中国人民抗日戦争記念館での

オープニングセレモニーへ向けて

諸先生方々が集まり、

何事も無く手配の乗用車に乗り込むのを見ると、

予定通りセレモニーを開くのだと了解する。

写真は、記念館の会場に設えた記帳所にて、

日本側来賓の記帳風景です。

各自、記帳する度、テレビの撮影用ライトが照らされ、

セレモニーに向かって緊張が高まります。

控えの貴賓室へ入ると、中国側の要人、

館長が待っており、浅からぬ付き合いに

あちこちで交流の会話に花が咲きます。

セレモニー会場には日本、

中国のマスコミがつめかけ、

御覧のように、来賓席に背を向けて写真を撮るものだから、

一体、何が行われているのか判らない始末で、

私も事前に作品を寄贈してほしいと頼まれていて、

その作品をマスコミに披露するも、

テレビ、写真の報道の人垣で、

来賓席からは作品が見えなかったとの

お小言をもらってしまいました。

作品を寄贈すると、

写真のような寄贈証書が作家に手渡されます。

これは国宝指定なども、同じ体裁の証明書が出されます。

手放す時などに、作品の証明になるのでしょう。

報道が入る前の会場の一部です。

南京よりも広い会場です。

ガラスケースが見えますが、

ここで美術館グッズも販売していて、

「私の八月十五日展」の切手やバッチなども

販売しております。

行かれた時は、お買い求め下さい。

ここで何か記念に買い求めようと売り子さんを見ると、

耳にヘッドフォーンをして、私達には目もくれず、

耳元の音楽に聞き入っておりました。

社会主義国ではよく見かける、

サービス業に従事する店員の態度ですが、

経済開放政策で絶滅したかに見えましたが、

居ましたね。

何度か声を掛けると、ヘッドフォーンを耳から外し、

笑顔の無い顔をこちらに向けました。

恒例の寄せ書きですが、今回、作家の数が少なく、

多くの日本側の諸先生方々が観る方へ回られて、

中々、手を出さない。

海老名さんにも描くようお勧めし、

前々回、アーティスト側に回られた

中山議員も踏ん切りがつかぬ様子。

次回は頼みますよー。

絵も漫画も描く議員で、

今時の国会などの作品を

ものにして下さい。

刻々と、デモ隊の情報が入ってきます。

とりあえず、昼食を兼ねた歓迎昼食会を開くことになり、

記念館の中庭へ出ると、

公安の私服、制服姿の方達が記念館の要所、

要所に立っておりました。

オープニング駆けつけて頂いた

中国側のファンの皆様が

公安の先導で記念館を後にする私達に

手を振ってくれましたのが唯一、

緊張したセレモニーでの、

心温かくなる場面でした。

セレモニーに駆けつけて頂いた中国の皆さん、

本当に有難う御座いました。

写真は記念館の近く、

曲がりくねった路地の奥にあるレストランで、

一般客は入れない場所だそうで、

路地の道々には

私服の公安が立っておりました。

相当、厳重な警備だと感じました。

四角い中庭を取り囲むように、

建物が四つあります。

その建物がレストランになっております。

中々、雰囲気があり、

緊張した喉に常温のビールがたまりません。

胡瓜に味噌を付けて食べる料理など、

庶民的ですが美味しい料理が

次々と出てまいります。

出ましたね、上海カニです。

美味しかったです。

写真を撮り忘れましたが、

ここでは煙草は、料理が並ぶテーブルに

ライターと共に出されておりました。

煙草を吸うときは、隣の人に煙草を勧めるのが

礼儀だそうです。

お酒と同じですね。一人で飲むのではなく、

カンペーイと、隣の人のグラスと合わせて、

隣の人と一緒に飲む。

礼儀に筋が通っております。

この後、観光へ向かうはずでしたが、

日本大使館を取り囲んだデモ隊と警察が衝突、

逮捕者が出ているとの情報が入り、

急遽、観光は取り止めとなり、

北京飯店へと戻ることになりました。

大手企業中国代表の方が

中国に居られた時、

何度も反日デモを見ておられ、

そんなに過激なデモに

出合うことが無かったと話され、

反日デモがどのようなものか、

怖がらず見られたほうが良いと

話されていたのが印象に残りました。

私もデモを見に行きたいと思いました。

                                            つづく

『私の八月十五日展』北京にて開催①

南京で開催されておりました『私の八月十五日展』、

好評に付き、一年のロング・ランとなり、

きりの良い一年をもちまして閉幕となりました。

今度は場所を北京へと移し、

「中国人民抗日戦争記念館」で、

開かれることとなりました。

 

そのオープニング・セレモニーに

私達、作家と若手議員に財界人、

総勢三十一名が羽田国際空港を飛び立ち、

北京へと駆けつけました。

オリンピックで様変わりした北京空港です。

七十年代のペンペン草が生えていた空港とは、

思えないほどの変貌ぶりです。

 

入国審査の前ですが、御覧のような長蛇の列です。

デジカメに三脚を付けて、

子供の運動会を撮影するお父さんのような

方もおられました。

宿泊は、官庁街にあります「北京飯店」です。

七十年当時は小さく思えたのですが、

現在は拡張工事もあって、

中々広いホテルです。

支払いをするとルーム・キーが出てくる、

そんな簡便なホテルが増えていく中、

ホテルとしての風格を守る「北京飯店」です。

 

シャワーを浴びて一寝入りすると、

作家、議員、財界人の親睦をかねて、

夕食会が北京ダック発祥の店で開かれました。

 

料理が並んでおります。

鮮やかな彩のテーブルは食欲を増します。

まぁ、出てくる料理みんな、

アヒル料理です。

とても美味しゅう御座いました。

それで愛煙家としましては、

各国の喫煙状況を取材しなければなりません。

テーブルに灰皿は御座いませんが、

要求しますと、御覧のように持ってきて頂けます。

喫煙家には嬉しい、喫煙先進国の中国でした。

さて今回の訪中団、村山富市、

元総理大臣を団長に立てまして、

私も連れて行ってくださいと、

林家三平師匠の奥様、

海老名嘉代子さんも参加です。

いよいよ明日、開幕ですが、

ネット上に、9月18日に

デモを呼びかける書き込みが現れ、

状況は緊迫してきました。

まさに現代史の只中に居る気分です。

平成遷都一三〇〇年、堂々の復刻『万葉恋歌』です。

70年代に主婦の友社で連載、

単行本になりました『万葉恋歌』の復刻版です。

表紙は当時と同じです。

中経出版の『万葉集の恋うた』と同時発売です。

この後、80年代に『源氏物語』を講談社と、

朝日新聞社100周年記念の

アニメ作品と、二つ、古典に携わりました。

源氏物語の光源氏が

耳にピアスをしていましたが、

万葉の挿画から男は、

耳に飾りをつけています。

スケールの大きな万葉歌の精神は、

現在の日本人の中に

脈々と流れているものです。

今、その精神が、

必要な時代ではないでしょうか。

 

詳しくはここをクリックして下さい。

『万葉集の恋うた』発売です。

70年代後半に雑誌に連載されました

万葉集の復刻版です。

 

ここでの挿画の実験は、

この時代、まだ王朝風というスタイルが

確立しておりませんから、

大陸と地続きの、

どちらかと言えば

洋装の感覚を取り入れました。

日本男子を、裃と長袴のますらおでは無く、

おおらかな草原を裸馬に乗って走る、

ますらおへ解き放ってみました。

購入はこちらです。

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